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親ばか力

◆「親ばか力」が才能を引き出す!◆

ピアニスト辻井伸行さんのお母様辻井いつ子さん

私は教育の専門家ではありませんし、ましてや経営者やビジネスマンの皆様に役立つお話ができるかという不安はあります。しかし、ピアニストになった息子・伸行の子育てを通じて考えたことを、今回『親ばか力――子どもの才能を引き出す10の法則』(アスコム刊)という1冊の本にまとめました。この才能をひき出すノウハウが、子どもだけでなく、「人を育てる」という観点でビジネスマンの方々にもお役に立つのではと考え、この度の連載をお引き受けさせていただきました。どうぞ、気軽に読んでいただければ幸いです。

なお、子育てに悩むお母さんたちの力になれたらと、親御さんが意見交換をするサイト「辻井いつ子の子育て広場」を開設しています。ご興味がありましたら、ぜひご覧ください。


息子・辻井伸行を信じて

2009年6月、世界でも屈指のピアノコンクール、第13回ヴァンクライバーン国際ピアノコンクールがアメリカで開催されました。最終日、全てのプログラムを終えた伸行と共に私は表彰式に出席し、受賞者の方々に笑顔で拍手を送っていました。

そのとき私は、自分でも不思議なくらい平常心でいました。というのも、ここまでの道のりがあまりにも長かったため、最後まで無事に演奏を終えたということで、十分に満足だったこと。伸行自身にとっても、ファイナリストの6人に残ったことで、今回のコンクール参加の目的は達成できたという気持ちが大きかったからです。

いよいよ優勝者の発表になりました。「ノブユキ・ツジイ!」というコール。そして、大きな拍手と歓声! まさか、名前が呼ばれるなんて思っていませんでしたので、私も伸行もびっくり。ステージに上がり、ゴールドメダルをいただく伸行の姿を見て、ようやく実感が湧いたのでした。

それまで一度も泣き顔を見せたことのなかった伸行が、そのときステージでふと嬉し泣きの表情に変わりました。そんな伸行を見た瞬間、脳裏に今までのことが走馬燈のように蘇りました。あぁ、ここまできたのだなぁ、と思ったのです。

伸行が生まれたのは1988年のこと。いつまでたっても眼を開けない伸行に、不安を抑えることはできませんでした。はたして伸行は、眼球が発達しない「小眼球」という障害を持っていたのです。この子は一生眼が見えないと知り、私は、深い谷底に落とされたようなショックを受けました。当時の日記には「私や孝(夫)の顔を一生見ないで終わるのかと思うと泣いても泣ききれない」「生まれたときからこんなハンディを抱えて、それでも伸行は生きている方が幸せなのか」と悲痛な殴り書きが残されています。

そんなとき出合ったのが、福澤美和さんが書かれた『フロックスはわたしの目』という一冊の本。視力障害をもつ福澤さんが、盲導犬のフロックスと一緒にいきいきと暮らす毎日を描いたエッセイです。福澤さんは障害がありながらも人生を楽しんでいらっしゃる。いろいろなことにチャレンジする彼女の姿に、私は驚くと同時に希望を感じました。すぐに私が思いのたけを録音したテープのお便りを送ったところ、福澤さんから「箱根にいらっしゃいませんか」とのお誘いがあったので、早速私は、生後6カ月になる息子を連れて会いに行きました。

私の悩みを聞いた福澤さんは「普通にお育てになったらいいのよ。あなたが感じるままに、いいと思うことは一緒にやってみたら」と声をかけてくださいました。その言葉は私の胸にすうっと染み込み、心を覆っていた霧が一気に晴れました。「見えない」世界はけっして暗黒の世界ではない、ということに初めて気づいたのです。

晴眼者は「見えない」ということに悲壮になってしまいがちですが、生まれつき光を感じたことのない伸行には、彼なりの感覚や世界が広がっています。私には、見えないことにとらわれすぎるあまり、その人らしい人生を生きるという発想がなかったのです。私は積極的に伸行を外へ連れ出し、一緒にいろいろな経験をするようにしました。

そんなある日、色を理解させるために「リンゴの赤」「バナナの黄色」などと教えていたとき、伸行が「じゃ、今日の風はなに色?」と言ったのです。大好きな食べ物に色があるなら、大好きな風に色があっても不思議はありません。私はとても伸行らしいと感じました。この言葉は、私の一冊目の本『今日の風、なに色?』(アスコム刊)のタイトルになっています。

幼くして音楽に興味を持ち始めた伸行でしたが、私は彼を音楽家にしようなどと大それた気持ちはありませんでした。親としての願いは「何か一つ、自信がもてるものがあれば」「生きる喜びを感じてほしい」というもの。それが息子にとっては音楽でした。この子の才能を信じて、「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに、つねに前向きに伸行を応援してきました。

私たち親子は、二人三脚で歩いてきましたが、この度の優勝を機に、とてもいい形で親離れ・子離れができました。伸行のプロの音楽家としての道が始まったのです。



息子、伸行がヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したことは前回お話ししたとおりです。そして、いま演奏会にも多くの方々がきていただくようになり、プロのピアニストとして活動しています。

しかし、ここまでの道のりはけっして平坦ではありませんでした。生後まもなく伸行の視覚障害がわかり、私は絶望の淵に立たされました。12月、街中に飾られるクリスマスツリーを見て、「この子は一生この美しい光景が見えないんだ」と涙が止まらなくなり、お座りやハイハイが健常者に比べて遅れがちなことに「この子は生まれてきて幸せなのだろうか」とすら思ったものでした。

この先、どうなるんだろう……。不安な毎日でしたが、あるとき、ひとすじの「光」が見えました。

伸行が生まれて8カ月が経つころ、わが家ではショパンの「英雄ポロネーズ」をよくかけていました。ふと見ると、伸行が全身でリズムをとりながら、ピッタリと曲に合わせて足をバタバタさせていたのです。単なる偶然? しかし、明らかに意思を持って音楽を聴いているように見えます。さらにその後、同じ曲でも演奏家が違うと反応が変わるということにも気づきました。

わたしたち夫婦も最初は半信半疑でしたが、その後に何度も反応を確かめ、偶然ではないことがわかったのです。わが家に希望の光が灯った瞬間でした。今にして思えば、それだけで「この子には音楽の才能があるかもしれない!」と考えるのはまさに「親ばか」ですよね。

そういえば、伸行はいったん泣き始めると手に負えない赤ん坊でしたが、それは掃除機やスーパーのレジなどのさまざまな生活音のせいのようだと気がつきました。癇の虫の原因はこの子の鋭敏な聴力にあるらしい。つまり、子育ての悩みだと思っていたことが、じつはこの子の最大の長所のあらわれなのではないか、と。

それから私が実行した思考錯誤のすべては、他人から見たら「親ばか」ってこんなことまでやるんだ、と思われても仕方ないことばかりだったかもしれません。でも、あるとき親しい友人がこう言ってくれました。「伸くんの今は、あなたの『親ばか』が必要不可欠の土台だったんだね」と。

「親ばか」という言葉にはマイナスのイメージがあります。「広辞苑」にも「親が子に対する愛情に溺れ、はた目には愚かなことをして、自分では気づかないこと」とあります。しかし、「慎重」という言葉の裏に「実行力不足」という意味が潜み、「プラス思考」という言葉に「無鉄砲」と切り離せない部分があるように、すべての言葉には表と裏があります。同じように、「親ばか」という言葉にも裏表があると思うのです。

「親ばか」だからこそできることがある。「親ばか」でなければできないことがある。そして、そんなあれこれの力を「親ばか力」と名づけ、『親ばか力
――子どもの才能を引き出す10の法則』(アスコム刊)を出させていただきました。

「親ばか力」に磨きをかけましょう。はばかることなく子どもへの愛情に溺れましょう。わが子の内に眠る可能性を、明るい太陽のもとに出してあげましょう。わが子の才能を見つけ出し、その才能を生かすために、わが子と一緒に夢を共有しましょう――この「親ばか力」の法則は、私の子育ての経験から見つけ出したものですが、ビジネスマンの方々にも参考になるのではないかと親しい友人から指摘していただきました。



才能を引き出す10の法則

前回は、私が息子、伸行を育てた経験から見出した「親ばか力」についてお話しさせていただきました。今日は、この「親ばか力」で「才能を引き出す法則」を10個、ご紹介したいと思います。これらの法則は、あくまで子育てを通して得たものなので、厳しいビジネスの現場でどれだけ通用するのか、まったく自信がありません。ただ、以下の文章の「親」を「上司」に、「子ども」を「部下・スタッフ」と置き換えて読まれてみても、面白いかもしれません。気楽な気持ちで楽しく読んでいただければ幸いです。

1.子どもの可能性を信じる
わが子には引き出されることを待っている大きな可能性が必ずある、と強く信じる。子どもの「ダメな姿」に惑わされてはいけません。「もしかしたら天才かも」と思う親ばかであり続ける強さを持ちましょう。

よく「寝返りゴロゴロ6カ月、ハイハイ8カ月」と言われるように、親は日々変化する子どもを見て成長を実感するものですが、伸行はとてもゆっくりとした成長でした。私の言葉にようやく反応を示すようになったのが1歳7カ月の頃。2歳の誕生日を迎えてもまだ言葉が出ませんでした。

そして、伸行が2歳3カ月で迎えたクリスマスの夜、「事件」が起きました。私が口ずさんでいた「ジングル・ベル」に合わせて、突然、伸行がおもちゃのピアノでメロディを弾き始めたのです。まだ話すこともできない赤ちゃんが両手を使って演奏している! 私は驚き、大喜びしました。

伸行は「才能の芽」を芽吹かせたのです。この子が、この子らしく生きていけるように! 私は伸行の可能性を信じて、この子の中にある音楽の才能を引き出していこうと決心しました。私はこの時のことを思い出すにつけ、「子どもの才能を信じる」こと、つまり子どもには必ず大きな可能性があると強く信じ、あきらめないことが大切なのだと思うのです。


2.よく観察し、才能を発見する
子どもをよく観察しましょう。そして、わずかな反応や変化を見逃さず、興味や関心の対象を見つけてください。あまり思いこまないで、いろいろな可能性をさぐってみましょう。


3.始めるのに「早すぎる」はない
子どもの興味や関心の対象を見つけたら、さっそくやりたいことをサポートしてあげましょう。子どもの「やる気」をふくらませてあげるのです。その時、子どもと一緒に親もやってみると、いろいろな発見があります。


4.思いっきりほめる、抱きしめる
ひとつでもよいところを発見したら、たくさんほめてください。愛情を込めて抱きしめられた子どもは達成感を味わうことができ、その積み重ねによって自信が生まれます。


5.ネガティブな言葉は使わない
「できない」「無理」「ダメ」といった消極的な言葉は禁物です。「大丈夫」「きっとできる」「いつも通りやればいいのよ」とポジティブな言葉で背中を押してあげてください。たとえば、コンクールなどの本番前によく見かける光景。子どもよりも親のほうが「1位」をとることばかりに意識がいってしまっ
て、お母さんがそわそわ落ち着かなかったり、演奏する本人より緊張したり……。

「1位を取らなきゃダメよ!」
「あそこで失敗しないように!」
また、子どもが演奏を終えて舞台から引き上げてきたときに、
「なんであそこがうまく弾けなかったの?」
「テンポが違っていたわよ!」
などと叱っているお母さんをよく見かけます。まず、「よく頑張ったね」と誉めてあげてほしいのです。

私は、ヴァン・クライバーンコンクールのファイナルで、伸行の演奏の前に、こう言いました。
「いつもどおりにやればいいのよ」
「楽しんでやってきて」

伸行のこのコンクールでの目標は「ファイナルまで進んで、コンツェルトを弾きたい」「人びとを感動させたい。みんなに喜んでもらいたい」でした。「1位」を取ることではありませんでした。伸行は演奏の時、常に聴衆の存在を意識していたのです。私は、目標に向かう伸行を応援するのみでした。「がんばって!」とハッパをかけて余計なプレッシャーを与えてしまっては元も子もありません。

子どもが「今まで練習してきたことを、最大限に発揮する」ため、子どもの「持っている才能を引き出す」ためには、ネガティブな言葉は逆効果です。「できない」「無理」「ダメ」といった消極的な言葉は何も生み出しません。

私は、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでも「いつもどおりやればいいのよ」と言って、伸行の演奏を見守りました。その気負いのなさが、良い結果につながったのかもしれませんね。


6.ファン第1号になる
子どもの「やる気」が定まってきたら、親子で夢を共有し、親は子どもの「ファン第1号」になって応援する。つらい時も支えてくれる人がいるという安心感が子どもを強くします。


7.ひらめいたら即アクション
プラス思考に徹し、失敗を恐れず、思い立ったらすぐ実行という「勇気と決断力」を持つ。ダメでもともと。失敗したって、何度でもトライすればいいのですから。


8.本物に触れさせる
目先の結果より、まずは心を耕しましょう。五感で味わう大自然、生演奏の音の輝き……。本物だからこその「力」を体感させる。本物の迫力が心を豊かにしてくれます。


9.よい先生をみつける
親のできることは限られています。よい先生を見つけたら、遠慮せず、積極的にアプローチして、アドバイスとパワーとチャンスをもらいましょう。人との出会いは、親にとっても子どもにとっても大切な財産です。


10.明るく楽しく、あきらめない
どうせやるなら親自身が明るく楽しく。暗くなっていちゃ始まらない。あきらめず、熱意をもって、チャンスを呼び寄せたいものです。そのプラス感覚が子どもの養分になります。

早くして音楽に興味を持ち始めた伸行でしたが、私は彼を音楽家にしようなどと大それた気持ちはありませんでした。いま、皆さまにご支援いただき、プロのピアニストとして活動できるようになったことは、私にとっても、とても大きな喜びです。でも、もし、彼がプロの演奏家になれていなかったとしても、変わらずに伸行を可愛がっていたでしょうし、慈しんでいたことと思います。

ただ、障害をもって生まれた息子に、せめて「何かひとつ、自信がもてるものがあれば」「生きる希望や喜びを感じてほしい」と親として強く願っていました。それが伸行にとっては音楽でしたので、私は精一杯彼を応援していこうと決心したのです。彼の才能を信じて、「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに、つねに前向きに伸行を育ててきました。

私たち親子は、二人三脚で歩いてきましたが、この度の優勝を機に、よい形で親離れ、子離れができたと感じています。今、伸行はプロの音楽家としての道を歩き始めました。今後も伸行らしく、そして私も自分らしく、生きていければと考えています。


なお、子育てに悩むお母さんたちの力になれたらと、親御さんが意見交換をするサイト「辻井いつ子の子育て広場」を開設しています。ご興味がありましたら、ぜひご覧ください。
また、もしよろしければ、『親ばか力――子どもの才能を引き出す10の法則』もお読みくださると幸いです。

(出典:宋文洲のメルマガ)


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